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E01 |
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ことばの由来 --
特別英語番組。どの国民も、特有の言い回し、持別なことばをもっている。そして、それぞれにはまつわる話がある。きょうのことばは「醜聞をあばく人」である。 |
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E02 |
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政治は、アメリカ人に多くのきわめて多彩なことばを与えている。それらは何百もあり、「落選議員」はその一つであり、「醜聞をあばく人」もそうである。アメリカの第26代大統領セオドア・ルーズベルトが、このことば「醜聞をあばく人」を作り出したのは、1906年のことである。ルーズベルトは、感情の激しい政治家であったというだけでなく、文筆家でもあり、生き生きとした話をする才能があった。彼が怒ると、それは回りの人にもすぐに感じられた。彼のことばは激しく、彼の気性と同じだった。そして彼の1906年の演説での怒り方は、ものすごかった。それは彼の想像力に火をつけ、彼のことばを鳴り響かせた。この怒りの最中に、「醜聞をあばく人」ということばが生まれた。なぜ、彼はそんなに興奮したのだろう。 |
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E03 |
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ジャーナリストのグループが財界と政界の腐敗を調査していた。1900年代初期には、彼らの調査の対象となる分野がかなりあった。彼らのリポートは人々を驚かせた。当時の国の最高指導者として、ルーズベルト大統領が感じたのは、この調査は行きすぎだということであった。また、彼が恐れたのは、そのリポートがたいへんな手入れを引き起こすかもしれないということだった。それで、彼は暴言を吐いた。彼は断言した。彼らは『天路歴程』に出てくる男のようだと。この本はイギリスの作家ジョン・バニヤンが書いたものである。「男は、天の冠を彼の肥やしくま手の代わりに差し出された。彼は差し出された冠を見ようともしなかった。ただ下を見つめて、肥やしくま手を両手に握りしめていた」 |
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ルーズベルトはこう思った。調査を行ったジャーナリストたちは、この男と同じで、彼らは大企業や大企業の政治家に及ぼす力に対し、無責任な告発をして醜聞をあさっている。大統領が醜聞をあばく人と呼んだ人々は、その名前を別にいやがりはしなかった。彼らは、大統領自身も改革者であり、彼らの仲間であることを知っていたので、その名前を、誇りを持って受け入れた。彼らが書いた物により、国中の関心が彼らが調査した問題に集まった。アプトン・シンクレアの『ジャングル』やリンカーン・ステファンスの『都会の恥部』は、ベストセラーになった。結果として、醜聞をあばく人たちが暴露したことにいろいろな変化が生じて来た。新しい法律が議会を通過した。ずっと強大な政府の統制が、何年間もあった国内の悪に及ぶようになった。 |
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今日「醜聞をあばく人」ということばは、いつも非難するために使われるとは限らない。もちろん正直に調査をするジャーナリストに対して使われたりはしない。醜聞をあばく人たちは、改革を行うための伝統を残した。工業化された社会には、もっと責任感のある彼らが必要である。だから天の冠が、常に
肥やしくま手に目をすえている責任感のある人に、今なお差し出されているのだ。 |
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日本語訳 Tsuneo Kimura
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