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E01 |
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さあ、毎週お送りしている特別英語によるアメリカの短編小説の時間です。きょうの小説の題名は『運』です。原作者はマーク・トウェインです。語り手はモリス・ジョイスです。 |
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E02 |
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私は、ロンドンで催されたある高名なイギリスの軍人の祝賀会に出席していました。彼の本当の名前や階級については、あえて申し上げないことにします。彼のことをただロード・アーサー・スコーズビー中将、Y.C.、K.C.B.、その他もろもろ…とだけ言っておきましょう。 |
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E03 |
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私がこの偉大で有名な男を見た時に、どんなに感激したか、とてもことばでは表せません。目の前に、その男が座っているではありませんか --
しかも勲章をいっぱいつけて。私は、じっと引き入れられるようにその男をながめていました。彼は偉大さの象徴のように見えました。彼は、名声などは全く意に介していないのです。彼は何百という称賛の眼だとか、多くの人々の尊敬などといったものに対して、いっこうに動じないのです。 |
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E04 |
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私の隣には、私の親しい友だちである牧師が座りました。彼はずっと牧師をしていたわけではなく、その前の半生は、ウーリッジの陸軍士官学校で教官をしていたこともあるのです。彼は私のほうへからだを寄せて、奇妙な目つきでこうささやきました。「これはここだけの話だがね、…あの男はまるっきりばか者なんだよ」この友人が言っているのは、もちろんこの祝賀会の英雄のことなんです。 |
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E05 |
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私はこれを聞いた時は、たいへん驚きました。私はきつねにつままれたような顔をして、友人をじっと見つめました。もし仮に、彼がナポレオンやソクラテスやソロモンに関してこれと同じことを言ったにしても、私はこれ以上には驚かなかったでしょう。ただ、私はこの牧師のことで、次の2つのことについてはまちがいないと確信していたのです。一つは、彼はうそをつかないということ。もう一つは、彼には人を見る目があることです。だから私はこの英雄のことをすぐにでも、もっと知りたいと思いました。私は数日後その機会を得たのです。牧師は私に次のように話してくれました。彼のことばどおりにお伝えしましょう。 |
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E06 |
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「ぼくはね、40年ほど前にウーリッジの陸軍士官学校の教官をしていたことがあるんだよ。そのころ若きスコーズビーが、最初の試験を受けたんだよ。ぼくは、ほんとにかわいそうだなと思ったね。ほかの連中は、みんなてきぱきとりこうそうに答えるんだ。ところが、まあ、彼ときた日にゃ、まるで何も知らないんだな。彼は人柄のいい明るい青年だった。彼がロボットのようにそこに突っ立って、うすのろや
間抜けの見本のような解答をするのは、全く見るに耐えられなかったよ。 |
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E07 |
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彼がもう一度試験を受ければ、落第して退校処分にあうことは、ぼくにはよくわかっていた。だからぼくは、彼を助けてやることはきわめて簡単な、だれにも害を与えない慈善行為にすぎないんだ、と極力自分に言い聞かせた。 |
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E08 |
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ぼくが彼を呼び出してみてわかったことは、彼はシーザーの歴史のことなら、少しは知っているという事実なんだ。彼はそれ以外のことは何ひとつ知らなかったので、ぼくは彼のドリルとテストにとりかかり、まるで苦役を課せられた人間のように彼を働かせたのだ。試験に出ることがぼくにわかっていた、わずかばかりのシーザーの質問を、ぼくは何度も何度も繰り返し繰り返し彼にやらせた。 |
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E09 |
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きみには信じがたいだろうが、彼は試験の日には大成功を収めた。おまけに、彼よりも千倍も多く知っているほかの連中が落第したというのに、彼は大いにほめられたんだよ。はなはだ奇妙なことなんだが、全く思いがけない幸運のおかげで、彼は私が勉強させた質問以外は、何ひとつたずねられなかったわけだ。こんな偶然というものは、せいぜい百年に1回くらいしか起こらないもんだがね。 |
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E10 |
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ところで、私は足の不自由な子どもを持つ母親のような気持ちから、彼が勉強する時は、いつもそばにつきっきりでいてやった。彼は彼で、いつもなんとか切り抜けていったんだなあ
-- まあ、奇跡とでもいうようなやり方でだがね。 |
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E11 |
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ぼくは、彼は結局は数学で破綻(はたん)をきたすだろうと思ったので、彼の末路を、できるだけ苦痛の少ないものにしてやろうと決心したんだ。そこでぼくは何時間もかけて、彼を訓練し、彼のわかりの遅い頭に、いろんなことをぎゅうぎゅう詰め込んだ。ぼくは試験官が出題しそうな問題だけにしぼって、これをぎゅうぎゅうと彼の頭に詰め込み、彼を訓練したんだ。そうしておいて、ぼくはついに彼が我慢をして試験を受けるように仕向けた。さて、さて、結果はどうなったと思うかね。ぼくは全く自分でも気が転倒するほど驚いたね。彼が1番になったんだよ。そして、彼は絶賛を浴びたというわけさ。 |
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E12 |
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自分はまちがったことをしているのではないか、とぼくは日夜良心の呵責(かしゃく)に苦しめられた。それにしても、ぼくはただ彼が放校処分にあう時に、いくらかでも彼の苦痛を少なくしてやりたかっただけなんだよ。それはぼくの慈悲心の現れにすぎなかったんだ。まさか、あのような奇妙でばかげた結果になろうとは、ぼくは夢にも考えていなかったね。ぼくは、いずれあることが起きるにちがいないと思っていた。それは、学校を出てからの1回目の試験で、彼は脱落してしまうだろうということだった。 |
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やがてクリミア戦争が起こった。ぼくは戦争になるってことは、彼にとっては悲しむべきことだと思ったね。平和であれば、このうすのろにだって間抜けの本性を見抜かれずにすむチャンスはあったろうからね。ぼくは、はらはらしながら、最悪の事態が起こるのを待っていた。果たして起こったね。このことが起こった時は、ぼくは恐ろしさでめまいがした。彼が指揮官に任命されたんだよ。こともあろうに、指揮官とはね。彼のようなうすのろに、このような重大
な責任を負わせるようになろうとは、だれひとりとして想像することすらできむかったことだからね。こともあろうに、指揮官だよ。ぼくは、髪の毛がまっ白になってしまうのではないかと案じたもんだ。 |
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E14 |
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そこで、ぼくが何をしたか、考えてみてくれたまえ。ぼくはこのことでは、自分も国に対して責任があるんだ --
自分も彼と行動をともにして、彼から国を守らなければならない、と自分自身に言って聞かせた。だから、私は彼の部隊に加わり、一緒に戦場へ行ったのだ。 |
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すると案の定たいへんなことが起こった。大失敗 --
恐るべき間違いの連続だ…いや、なすことすべてへまばかりで、何ひとつまともなことはできないんだ。しかしだね、だれひとりとして、彼が実は大ばか者だってことは知らないわけだ。だれもが彼の言うことを取り違えていたし、もちろん彼の行動を誤解していたことも事実なんだ。みんなには彼のばかばかしいへまが、天才のなせるわざに見えていた。いや、本当にそう思い込んでいたのだ。彼がどんなにわずかなへまをしでかしても、まともな連中はそれを見て、泣き、また怒り、わめきさえしたものだ
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もちろん、彼と比べて自分自身のふがいなさをかこっての話だがね。だから、ぼくが恐ろしさのあまり、いつも冷や汗を流してなきゃならなかった理由は、彼がへまをするたびに、彼の栄誉と名声が高まっていくという事実にあったのだ。 |
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ぼくはいつも自分に、こう言い聞かせていた。みんなが彼の本性を知ったが最後、まるで空から太陽がなくなるようなものだ、と。 |
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彼は上官のかばねを越えて、昇進を続けた。そのうち、ある激戦のさ中に味方の大佐が倒れたんだ。ぼくはもうビクビクして生きた心地がしなかったね。というのは、序列からいくと、大佐のあとを引き継ぐのはスコーズビーだったからだ。ぼくは言った。『いやはやこうなっては、もうどうにも抜き差しならなくなったぞ』 |
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E18 |
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戦いは次第に激しくなっていった。イギリス軍およびその連合国軍は、全面的に着々と後退を続けていた。我々の連隊は、たいへん重要な地点を占領していた。一つへまをしでかせば、大々的な
破滅をきたすにちがいない。ところが、この時に至ってスコーズビーが何をしたかということだがね…自分の左の手を右手と取り違えたんだな…ただそれだけのことなんだよ。彼のところへ『後退して右方の我が軍を援護せよ』という命令が届いたのに、彼は反対に前進して左手の丘を越えていったのだ。我が軍はこの気違いじみた移動が発見され阻止されるまでに、丘を越えてしまっていたんだ。そこには何があったと思うかね。そこには、予想もしていなかった予備のロシア軍が全員そろって待機していたんだ。さて、どうなったと思うかね。我が軍は全滅したと思うだろう。まさに、99パーセントまではそうなるはずだったんだが、それが実はそうじゃなかったんだよ。度肝を抜かれたロシア人たちは、今ごろ1個連隊だけで、あんなところをブラブラしているはずはないと考えたわけだ。あれはきっとイギリス軍が全員集結しているにちがいない。彼らは背を向けてあわてふためき退却した。彼らがばらばらになって、丘を越え野原へ逃走するのを我が軍は追撃した。まもなく、古今未曽有(みぞう)の敗走の大惨事を生んだわけだ。連合国軍は負け戦から、一躍にして輝かしい大勝利を博したということだ。 |
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E19 |
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カンロベール元帥はこれを見ていて、不思議さと驚きと喜びで、頭がぐらぐらした。彼は早速スコーズビーを呼び寄せ、戦場で全軍が見ている前で、両腕で彼を抱き締めたのだ。 |
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E20 |
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スコーズビーはこの日、偉大な天才的軍人としての名声をかちえたのであるが、そのおかげで、彼の栄誉は全世界に響きわたったのだ。この栄光は歴史の書物が消え失せない限り、いつまでも語り伝えられるだろう。 |
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E21 |
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彼は、相変わらず人柄のいい快活な人物ではあるが、いまだに面倒が起こりそうになったら身をかわすというすべを心得ていないんだ。彼こそは、世界一どうしようもない間抜けなんだよ。 |
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E22 |
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これは今日に至るまで、スコーズビーと私以外はだれも知らないことなんだよ。彼は、その後もずっと奇妙な運がついて回っている。彼は長年にわたって、あらゆる戦争でりっばな軍人として通ってきたのだ。彼は軍隊生活の全期間にわたって、ことあるごとにへまを繰り返してきたのだ。そしてそのへまの一つ一つが、彼をナイトにし、准男爵にし、貴族そのほかにしてきたのだ。彼の胸を見るがいい。国の内外から贈られた勲章でいっぱいだ。しかしだね、これらの勲章のどの一つをとってみても、偉大なへまを物語る証拠にすぎないんだよ。これらの勲章は、人間にとって最善の出来事は幸運の下に生まれるものだ、ということを証明しているんだ。もう一度言わせてもらうが、彼は祝賀会でも言ったように、全くどうしようもないばか者なんだ」 |
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E23 |
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マーク・トウェインの『運』をお送りしました。語り手はモリス・ジョイスでした。来週も同じ時問に、特別英語によるアメリカの短編小説をお送りします。どうぞお聞きください。ディック・モーガンでした。 |
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日本語訳 Tsuneo Kimura
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