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American Short Stories

English

 

生命の掟 (ジャック・ロンドン)

 

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E01


「アメリカの声」が、特別英語によるアメリカの短編小説をお送りします。

きょうの小説の題名は『生命の掟(おきて)』です。原作者は、アメリカの最も有名な小説家の一人であるジャック・ロンドンです。彼の小説は海や船に関するものか、極寒の北部地方に関するものが多かったのです。これらの小説の一つに、極寒の北部地方に住んでいたインディアンの一団を描いたものがあります。きょうはその物語です。題名は『生命の掟』です。ロイ・デピユーが特別英語でお送りします。

 

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E02


年老いたインディアンは雪の上に座っていました。彼の名はコスクーシュといって、もとは部族のしゅう長をしていた男です。今ではもう何もできなくなって、ただ座ったままで、ほかの連中の話を聞いているだけでした。彼はもう年を取っていて目は見えませんでしたが、物音はなんでも聞きもらすまいと、耳をそば立てていました。

ああ、あれは彼の娘のシットコム・トーハの物音です。彼女は犬をぶって、雪ぞりの前に立たせようとしているのです。彼女もほかの連中も、コスクーシュのことは念頭にありません。彼らは、新しい狩猟場を捜し求めなくてはならないのです。これから雪の中をそりに乗って、長い旅に出かけなくてはなりません、それに北部地方の日はだんだん短くなっていくのです。コスクーシュは死にかかっていますが、部族の人々は彼が死ぬまで待っているわけにはいかないのです。

 

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E03


彼は凍った獣皮の硬く鋭い音を聞くと、しゅう長のテントが取り外されていることがわかるのでした。しゅう長というのは腕のいいハンターで、彼の息子 -- すなわち、コスクーシュの息子でした。コスクーシュは、置き去りにされて死んでいく運命にあったのです。女たちが働いていると、彼女たちの仕事をせき立てている息子の声が、年老いたコスクーシュには聞こえてくるのでした。彼は、もっととっくりと聞いておこうと耳をそば立てました。彼にとっては息子の声を聞くのも、これが最後なのです。子どもが泣き出しましたので、一人の女が泣きやませようとして、歌を歌ってやりました。あの子どもはあの病弱なコティーだな、と老人は思いました。ほどなく死ぬだろう。そうすると、この子を埋葬するためにみんなで凍った土に穴を焼き抜くことだろう。そうして、おおかみを寄せつけないように、小さな死体を石で覆うだろう。

しかし、それがどうしたというのだ。わずかな年月を生きてはみたが、結局は死んでしまうんだ。死はいつもすき腹をかかえて待っているのだ。死ほど腹をすかしたやつはいないんだ。

 

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E04


コスクーシュは、もう二度と聞くことのないほかの音を聞こうと耳を傾けました。男たちが、身の回りの品々をそりに縛りつけるために、強い皮のロープを結んでいる音、犬にそりをひかせて前進させようとして打つ皮のむちの鋭い音などが聞こえました。犬の鳴き声を聞いただけでも、犬がどんなに彼らの仕事をきらっているかがわかるのです。人々はそりに乗って次から次へと、ゆっくりとその場から遠のいていき、やがて静かになっていきました。彼の生活から部族の人たちの姿が消えて、彼はただ一人で死を迎えなくてはならなくなったのです。しかし、それがどうしたというのだ。

 

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E05


だれかが雪を踏みしめる音がします。1人の男がコスクーシュのそばに立って、年老いた頭にやさしく片手を置きました。これは彼の息子の親切なしぐさだったのです。コスクーシュは、こういうこともされないで黙って息子に置いていかれた、ほかの老人たちのことを思い出しました。彼は遠い昔のことを考え込んでいましたが、自分の息子の声で我に返りました。
「だいじょうぶだね?」彼の息子がたずねました。
すると、老人は答えました。「だいじょうぶだとも」
「薪はわきに置いてあるし、火はあかあかと燃えてるからね」息子は言いました。「朝になってもどんより曇っていて、寒気がきているんだよ。もうすぐ雪の季節だな。もう今でも雪が降っているからね」
「ああ、もう雪が降ってるなあ」
「部族の連中は急いでいるよ。みんな荷物が重いうえに、食糧が足りなくておなかをすかしてるんだ。道が遠いから、みんな急ぎの旅なんだよ」
「そうともな」
「じゃあ、行くよ。だいじょうぶだね?」
「だいじょうぶだとも。わしはな、去年の葉っぱがまだ木にくっついとるようなもんじゃ。ひと吹きくりゃあ地面に落ちるさ。わしの声はばあさんの声のようだし、目はもう自分の足下さえ見えんのじゃ。わしはもう疲れた。何もかも、もうこれでいいのじゃ」

 

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E06


彼は頭をうなだれて、息子が馬に乗って去っていくのを見送りながら、雪の音に耳を傾けていました。彼は自分の横に置いてあった薪を、もう一度手で探ってみました。火が1本また1本と薪を食い尽くしていくにつれて、彼の死は刻々と迫っているのです。最後の1本の薪が燃え尽きると、彼は寒気に襲われるでしょう。まず彼の両足が凍え、ついで両手が凍えるでしょう・寒さが徐々にからだの外部から内部へ浸透していき、彼は眠りにつくでしょう。彼にとってはなんでもないことなんです。だれでも1度は死ななくてはいけないのですから。

 

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E07


彼は悲しみのわからない人間ではなかったのですが、自分の悲しみのことは考えないことにしていたのです。これが人生というものなんだ。大地とともに生きた彼にしてみれば、この掟は、今始まったものではなかったのです。それは、生きとし生けるものに与えられた掟なのです。大自然は人間に対して厚意を持っているわけではありませんし、ひとりぼっちの人間のことなんか考えてもくれませんでした。大自然が関心を持つのは、部族とか種族とか人類といったものに限られていたのです。

年老いたコスクーシュにしては、ずいぶんむずかしいことを考えたものですが、彼の頭は半分文明の影響を受けていましたので、こういうことはわかっていたのです。彼は生まれてこのかた、ずっとこういった例を見てきたのです。早春の樹液、肌のように柔らかで生き生きとした新緑の葉、黄色くひからびた葉っぱの落葉 -- 歴史はすべて、こういったことの繰り返しにすぎなかったのです。

 

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E08


彼は火にもう1本薪をくべると、自分の生涯を回想し始めました。彼もかつては偉大なしゅう長だったのです。彼は以前には、食べ物が余って腐るにまかせていたような時代 -- 食糧が豊かで、笑い声が至る所で聞かれ、みんながたらふく食べることのできた時代 -- を経験したこともありました。動物を殺さなくてもよかった時代 -- 女たちがたくさん子どもを生んだ時代だったのです。
彼はまた、食糧がなくてすき腹をかかえて暮らした時代も経験しました。魚がやってこなくて、動物たちもなかなか見つからなかった時代です。7年聞というもの、動物がやってこなくて、犬たちはやせこけて骨と皮になってしまったこともありました。

 

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E09


それから彼は、子どものころ、おおかみたちが1頭のおおじかを殺すのを見た時の模様を思い出しました。彼はその時、友だちのズンハと一緒でしたが、彼はその後ユーコン川で死んでしまいました。ああ、しかしあのおおじかはどうだ!あの日、ズンハと彼は外へ遊びに行っていたのです。2人は、川のほとりに大きなおおじかのま新しい足跡を見かけたのです。
「ここに年老いたのがいるよ」ズンハが言いました。「こいつはほか
のおおじかのように走れないから、取り残されてるんだよ。おおかみたちが、このおおじかを仲間から甦してしまったんだ。おおかみたちは、ずっとこのおおじがのそばを離れないぞ」

ズンハが言ったとおりでした。おおかみたちは夜となく昼となく休みなしに、おおじかの鼻にかみつき、足にかみついて、最後までおおじかのそばを離れませんでした。ズンハと彼はわくわくとしてきました。最後は見ものだろうな。

 

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E10


2人は、このおおじかとおおかみたちの足跡をたどりました。どの足跡を見ても、いろんなことがわかりました。彼らには、そこでどんな悲劇が起こったかということが、ありありとわかるのでした。おおじかが戦うのに止まった地点がありました。何フィートにもわたって、雪がかたく押しつけたようになっているのです。1匹のおおかみは、おおじかの重い足で押さえつけられ、けり殺されていました。2人には、その先おおじかが丘を登って逃れようとして、どのように戦ったかがわかりました。おおかみたちは後ろから攻めたのです。おおじかは倒れて、おおかみを2匹押しつぶしました。しかし、終末に近づいたことは確かでした。2人の前方には雪が赤く染まっていたのです。やがて、2人の耳に戦いの音が聞こえてきました。その音は、声をそろえて長くはっきりとした声で鳴く、おおかみの鳴き声ではなくて、おおかみたちが肉をかんでいる、短い、歯の音でした。

彼とズンハはおおかみたちに見つからないように、腹ばいになって近くまで行きました。少年たちは終末を見たのですが、それはあまりにも強烈に印象に残る光景でした。コスクーシュには生涯脳裏を去らない光景となったのです。彼のぼんやりとして、もうほとんど何も見えなくなった目が、遠い昔に終末の光景を見た時のように、今また終末を見ようとしているのです。

 

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E11


長い間、彼は遠い日々のことを思い浮かべていました。火がそろそろ消えようとしていて、寒気が彼のからだの中まで入ってきました。彼は火の上にもう2本薪を置きました。薪はもうあと2本残っているだけです。彼が生きつづけられるのは、この2本の薪が燃え尽きるまでなのです。寂しさがこみあげてきました。彼は最後に残っていた2本の薪のうちの1本を、火の上に置きました。

おや!薪が燃える音にしてはおかしいぞ!そうです。それは薪の音ではなかったのです、彼はそれがなんの音であるかがわかると、からだが震えました。おおかみだったのです。彼はおおかみの鳴き声を聞くと、あの年老いたおおじかの光景が、またもや目に浮かびました。彼の目にはからだが引き裂かれ、鮮血が雪の上にしたたる光景が浮かんできました。彼は肉のついていない骨が、凍った血をバックに並んで灰色に見える光景を想像しました。彼はまた、灰色のおおかみたちが目を輝かせ、長いぬれた舌と鋭い歯を見せながら、突進してくる姿を目に浮かべました。彼はさらに、おおかみたちが輪になって、ジリジリと迫ってくる様子を想像しました。

 

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E12


冷たくぬれた鼻が彼の顔に触れました。コスクーシュはこの感触で、ハッと我に返りました。彼は火のほうへ手を伸ばして、燃えている薪を1本取り出しました。おおかみはその火を見ても恐れませんでした。おおかみは振り返ると、空に向かって兄弟のおおかみに叫びました。おおかみの兄弟たちが、すき腹にのどをごろごろ鳴らしながらこれにこたえ、走ってきました。年老いたインディアンは、腹をすかしたおおかみの物音に耳を傾けました。彼には、おおかみたちが彼と彼の小さな火を包囲するために、輪を作っている様子が聞こえました。彼はおおかみたちに向かって、燃えさかる薪を振り回しましたが、おおかみたちは動こうとしません。

いよいよ、おおかみたちの中の1頭が、まるで老人の力を試そうとするかのように、老人に近づいてきました。そして、そのあとに一頭また一頭と続いてきたのです。輪がどんどん狭くなってきました。しかも、あとには1頭も残っていません。彼はもう戦うまでもありません。もう生きることへの執着はないのです。やがて彼は、先が燃えているたき木を落としました。たき木は雪の中へ落ちて火が消えました。

おおかみたちの輪が近づいてきます。年老いたインディアンは、あのおおじかが息を引き取る前にもがいた模様を、もう一度目に浮かべます。彼の頭がひざの上にうなだれました。しかし、結局は、ただそれだけのことに過ぎないのです。これが生きとし生けるものの掟なのではないでしょうか。

 

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E13


ジャック・ロンドン原作のアメリカン・インディアンの物語『生命の掟』をお送りしました。

「アメリカの声」では来週もこの時間に、次のアメリカの短編小説を特別英語でお送りします。

 


日本語訳 Tsuneo Kimura

 

 

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