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「アメリカの声」が、特別英語によるアメリカの短編小説をお送りします。
小説の題名は『キーシュ』で、原作者はジャック・ロンドンです。では、ロイ・デピユーがお伝えします。 |
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キーシュは、北極海の海沿いに住んでいました。エキスモー流に年を数えるとすると、彼は13回太陽を見た(13歳)ということになります。エスキモーたちの間では、毎年冬になると太陽が出なくなって国中がまっ暗になりますが、翌年になると太陽がもどってきて、また暖かくなることになっているのです。
キーシュの父親は勇敢な男でしたが、食糧を求めて狩りに行った折に死んでしまったのでした。ひとり息子だったキーシュは、母親のイキーガと二人きりで暮らしていました。 |
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ある晩のこと、村の会議がしゅう長のクロシュ・クワンの大きなイグルー(氷や雪で作った半円形のエスキモーの家)で開かれていました。キーシュも、ほかの人たちに交じって出席していました。彼はじっと耳を傾けていましたが、そのうち話が途切れるのを待っていました。
「それはおっしゃるとおりです」彼は言いました。「あなた方が私たちに肉を与えてくださるのは事実です。しかし、よく古くて硬い肉だったり、骨が多かったりするんです」
ハンターたちは驚きました。子どもが自分たちに向かって逆らうようなことを言うのですから、むりもありません。子どもが、まるで大人のような口の利き方をするのです。キーシュは言いました。「ぼくの父のボークは偉いハンターでした。ボークは、一番腕のいいハンターの2人のだれよりも肉を持ち帰ったと言われていますし、父はみんなに公平にいきわたるように肉を分けたと言われています」
「いや、いや」居合わせたハンターたちは大声で言いました。
「その子どもをつまみ出せ。寝かせるんだ。年寄りに向かって、こんな口の利き方をしてはいかん」 |
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キーシュは音が静まるのを待ちました。「あなたには奥さんがいますね、アー・グルック」彼は言いました。
「だから、あなたは奥さんのためになるように話をしているのでしょう。ぼくの母はぼくのほかにはだれもいないんです。だからぼくが話すんです。ぼくが言ったように、ボークはたくさん猟をしましたが、今はもう死んでしまっていないんです。だから、ぼくたちの部族に肉がある時は、ボークの妻だったぼくの母や、その息子であるぼくが肉をもらうのは、きわめて公平なことではありませんか。ボークの息子であるぼく
-- キーシュの話と思ってどうか聞いてください」
イグルーの中にまたもや大きな騒音が起こりました。
「子どものくせに、会議の席でそんな言い方をするもんじゃないよ」アー・グルックが言いました。
「一体、若い者が我々に向かって、指図をしてもいいものだろうか」マスークがたずねました。
議会は、キーシュに寝るように命じました。そして、彼には食料を与える必要がないのではないか、といったことまで話題になったのでした。
キーシュはぱっと立ち上がりました。
「ぼくの言うことを聞いてください」彼は大きな声で言いました。
「ぼくは、二度と会議の開かれているイグルーで話をすることはしません。ぼくは父のボークのように、肉を取るために狩りに出かけます」 |
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E05 |
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キーシュが狩りの話をしたので、みんなが大笑いをしました。キーシュが会議場から出ていく時も、笑い声がやみませんでした。
翌日、キーシュは陸地と氷が接している海岸へ向かって出発しました。彼が出かけるところを見ていた人たちは、彼が弓と多くの矢を持っていくのを見ました。肩には、父親の大きな狩猟用のやりをかついでいました。この光景を見た人たちの間に、またもや笑い声が起こりました。首を振る者もいれば、女たちはキーシュの母親のほうを見て、彼女を気の毒に思ったりしました。「すぐに帰ってくるわよ」彼女たちは母親に言いました。「心配することはないわよ」 |
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1日たち、2日たって、3日目になって強い風が吹きましたが、キーシュからはなんの消息もありません。彼の母親のイキーガは、あざらしの油を焼いたものを顔に塗って、悲しみを表しました。女たちは、小さい男の子を一人で行かせるなんてひどいことをしたものだと、夫に食ってかかりました。男たちは何も答えずに、キーシュの遺体を捜しに出かける準備を整えました。 |
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翌朝早く、キーシュが歩いて村へもどってきました。両肩に新しい肉をかついでいました。「さあ、みんな行ってください。犬を連れてそりで行くんです。ぼくの足跡をたどってください。ここから1日で行けます」彼は言いました。「氷の上に肉がたくさん置いてあります
-- めすぐまが1頭とそのこぐまが2頭です」
彼の母親は大喜びです。キーシュは一人前の男になったような顔をして、母親に言いました。「さあ、イキーガ、食べましょう。食べたらぼくは寝ることにします。疲れてますから」 |
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キーシュが自分のイグルーに帰ったあと、みんながいろんなことを話しました。くまを殺すのは危険なことだが、子連れの母親ぐまを殺すのはその3倍ぐらい危ないことです。男たちは、キーシュにそんなことができるはずはないと思っていました。しかし、女たちは新しい肉を指さしました。とうとう、男たちは残っている肉を取りにいくことに同意しましたが、彼らにとっては、あまり愉快なことではありませんでした。1人の男が、たとえキーシュがくまを殺していたにしろ、肉を小さく切り分けてはいないだろう、と言いました。ところが、男たちが現場に着いてみると、キーシュはくまを殺したばかりか、大人のハンターのするように肉を小さく切り分けてあるのです。 |
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こういうわけで、キーシュについてのなぞが生まれたのです。彼は次の狩猟では若いくまを1頭殺しましたし、その次の狩猟では大きなおすぐまとその連れ合いを殺しました。「一体、どんな方法でやるのかな」ハンターたちは互いにたずねました。「彼は犬さえも連れていかないんだよ」
そのころ、村では奇術や魔法のことが話題になっていました。
「あの子は悪魔を使って狩りをするんだ」と一人が言いました。
「ひょっとすると、あの子の父親の霊があの子にのり移って、狩りをしているのかもしれない」もう一人が言いました。
しかし、キーシュは相変わらず村へ肉を持って帰ってきました。あの子は偉大なハンターなんだ、と考える人たちもいました。キーシュにクロシュ・クワンのあとを継がせてしゅう長にしよう、という話が持ち上がりました。みんなが今度はキーシュに会議に来てもらいたいと思って待っていました。しかし、彼は会議に現れませんでした。
「ぼくはイグルーを作りたいんです」ある日、キーシュが言いました。
「でも、ぼくには暇がありません。ぼくの仕事は狩りに行くことです。
だから、ぼくの肉を食べる村の男や女たちが、ぼくのイグルーを作ってくれてもいいはずです」
かくしてイグルーが作られました。そのイグルーは、しゅう長のクロシュ・クワンのイグルーよりもさらに大きかったのです。 |
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ある日、アー・グルックがキーシュに言いました。「おまえは、悪魔を使って狩猟をしているっていうじゃないか。悪魔に手伝ってもらって、くまを殺してるってうわさだよ」
「肉がおいしくありませんか」キーシュは答えました。「この村で、だれかぼくの肉を食べて、病気になった人がいるとでもいうのですか。ぼくに悪魔がのり移っているなんてことが、どうしてわかるんですか。それとも、ぼくが腕のいいハンターだから、そうおっしゃるんですか」
アー・グルックにはなんとも答えようがありませんでした。夜遅くまで会議が続けられ、キーシュと肉のことが話し合われました。会議ではキーシュの行動をこっそり探ることに決まりました。次にキーシュが狩猟に出かける時に、ビムとバウンという2人の若いハンターが尾行しました。5日たって彼らが帰ってくると、2人の報告を聞くために会議が開かれました。 |
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「同胞のみなさん」ビムは言いました。「我々はキーシュのあとをつけましたが、キーシュは我々のことに気づきませんでした。1日目に彼は大きなくまに出会いました。キーシュはそのくまに向かって大声で叫びました。くまは彼を見ると腹を立てました。くまは後ろ足で立ち上がってうなりましたが、キーシュはくまのところまで歩み寄ったんです」
「ぼくたちは、この目で見てきたんです」もう一人のハンターのバウンが言いました。「くまは、キーシュめがけて走り出したんです。キーシュは逃げましたが、彼は逃げながら氷の上に小さな丸い玉を落としたんです。くまは立ち止まって、その玉をかいでみてから食べたんです。キーシュはさらに多くの玉を氷の上に落としながら、走りつづけました。くまは追っかけながら、その玉を食べるんです」
会議に出席した連中は、一言も聞きもらすまいと耳を傾けました。ビムが話の先を続けます。「そのくまが突然まっすぐに立って、痛みを訴えて悲鳴をあげ始めたんです。くまはうなりながら、上下にぴょんぴょん跳びました。ぼくはこんな光景を見たのは初めてです」
「悪魔がついてるんだ」とアー・グルックが言いました。
「ぼくにはわかりません」パウンは言いました。「ぼくは、ただこの目で見たとおりのことを話してるんです。くまは弱っていきました。くまは頭を左右に振らせながら、岸に沼って歩いていましたが、やがて座り込んで、鋭いかぎづめで自分の毛皮を引っ張るんです。キーシュは、その日、一日中じっとくまを見守っていました。それから、もう3日間キーシュはくまの見張りを続けたんです。くまはだんだん弱っていきました。キーシュは用心深くくまのところまで近寄って、父親のやりをくまに差し込んだのです」
「それで、どうした?」クロシュ・クワンがたずねました。
「それから、ぼくたちはそこを離れたんです」 |
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その日の午後、議会は十分時間をかけて話し合いました。キーシュが村に帰ってくると、議会は使いを送って、キーシュに会議に出てくれるようにと頼みました。しかしキーシュは、自分はおなかがすいていて疲れている、と言いました。彼は議会が集会を開きたいのなら、自分のイグルーは大きくて大勢の人が入ることができる、と言いました。 |
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クロシュ・クワンは、議員を引き連れてキーシュのイグルーへやってきました。キーシュは食事中でしたが、喜んで一同を迎えました。クロシュ・クワンはキーシュに、2人のハンターがキーシュがくまを殺すところを見たことを告げました。それから、彼はキーシュに向かってまじめな声で言いました。「我々はおまえがどうしてやったのか、その方法を知りたいと思っているんだ。奇術や魔法を使ったのかね」
キーシュは顔を上げて、にっこり笑いました。「いいえ、クロシュ・クワン。ぼくは子どもです。奇術や魔法のことは何も知りません。ただぼくは、北極ぐまの簡単な殺し方を見つけただけなんです。知恵なんです。魔法なんかじゃありません」
「するとだれにでもできるのかね」
「ええ、だれにだってできるんです」
長い沈黙が続きました。男たちは互いに顔を見合わせ、キーシュは食事をしています。
「で、我々に教えてくれるのかね、キーシュ?」クロシュ・クワンが声を震わせながらたずねました。
「教えてあげましょう。とても簡単なんですよ。よく見ておいてください」 |
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キーシュは、細いくじらのひげを1本拾い上げました。両端はナイフのように鋭くとがらせてあります。キーシュはこのひげを曲げて輪を作りました。急にこのひげを離すと、ぴしっという鋭い音を立てて、まっすぐになりました。彼はあざらしの肉を1切れ取り上げました。
「さて」彼は言いました。「まず、細いよくとがらせたくじらのひげで輪を作ります。そして、このひげの輪をあざらしの肉の中へ入れるんです。それから雪の中に入れて凍らせてください。くまがこのひげの輪の入った肉の玉を食べるんです。肉がくまの体内に入ると、肉が溶けて、ひげがぴしっとはねるんです。とんがった先のためにくまが苦しみます。だから、殺すのはなんでもないんです。簡単なことなんです」
アー・グルックが言いました。「おお!」そしてクロシュ・クワンは言いました。「なるほどねえ!」そして、みんなはそれぞれの言い方をしましたが、みんななるほどとわかったのでした。 |
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これが昔、北極海の海沿いに住んでいたキーシュの物語です。彼は魔法の代わりに知恵を使いましたので、一番貧しいイグルーの子どもから、村のしゅう長になったのです。そしてその後は、村人は幸せに暮らすことができました。飢えのために夜泣く人はだれもいなくなったのです。 |
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E16 |
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『キーシュの物語』をお送りしました。原作者はジャック・ロンドンです。
「アメリカの声」では来週も同じ時間に、特別英語によるアメリカの短編小説をお送りします。 |
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日本語訳 Tsuneo Kimura
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