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「アメリカの声」が、特別英語によるアメリカの短編小説をお送りします。
きょうの小説は、アメリカの最も有名な作家の一人であるハーマン・メルビルが書いたものです。小説の題名は『バートルビー』です。では、レット・ターナーが特別英語でお送りします。 |
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私は年老いた弁護士です。私のところには使用人が3人います。業務がどんどん増えていくもんですから、法律関係の書類を書く仕事を手伝ってもらおうと思って、もう一人増やすことにしました。私は、これまでにもずいぶん大勢の人と知り合っていますが、今回私の広告に応募した男ほど奇妙な男に会ったのは、これが初めてです。このような男のことは、話に聞いたこともありません。 |
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E03 |
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彼は私の事務室の外に立って、私が話しかけるのを待っていました。彼は小柄な物静かな男で、着ている背広はよく手入れはしてあるが、古いものでした。私は彼の名前をたずねました。バートルビーという名前でした。私は、2、3の質問をしてから、雇い入れてもよいと彼に伝えました。初めのうち、バートルビーは私が与える法律関係の書類を書くのに、過労になりはしないかと思うくらいに、一生懸命に働きました。彼は日中は昼間の光で働きつづけたうえ、夜になるとろうそくの火で仕事をしていたのです。私は彼の仕事には満足していたのですが、このような仕事のやり方については、好ましいことではないと考えていたのです。彼はあまりにも物静かでした。彼がもし快活な性分だったら、私はもっともっと彼が気に入っていただろうと思います。ところが、彼は機械のようによく働くのですが、よそ見をしたり話したりすることは、全くなかったのです。 |
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ある日のこと、私はバートルビーに私の事務室まで来て、法律関係の書類を私と一緒に調べてくれるように言いました。バートルビーは自分のいすから動こうともせず、こう言うのです。「私は気がすすまないんです」私はしばらくの間、あまりの驚きに虚を突かれて、じっと座っていましたが、やがて興奮してきました。「気がすすまないというのは…どういうことかね…気分でも悪いのかね。ぼくは、きみにこの書類を手伝ってもらいたいと思ってるんだがね」「気がすすまないんです」彼の顔には、落ち着き払った表情が見られました。目にはなんの感情も現れていません。怒ってるわけでもないのです。私は考え込みました。これはどうもおかしいぞ。どうしたらいいのかな。ところがその時電話が鳴ったので、私はしばらくの間このことを忘れてしまっていました。 |
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E05 |
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数日後、4通の長い書類が事務所に届けられました。これらの書類は綿密に調べる必要がありましたので、私はそれぞれの従業員に1通ずつ書類を与えることにしました。私が呼ぶと、みんな私の事務室へやってきましたが、バートルビーだ
けは現れません。「バートルビー、早くしてくれないか。待ってるんだよ」彼はやってきて、一瞬私の前に立ちました。彼は「気がすすまないんです」と言い置くと、回れ右をして自分の机にもどっていきました。私はあまりの驚きに、身動きすらできませんでした。私はほかの連中を見渡しましたが、なんと言ってよいものやら、見当がつきませんでした。バートルビーには、私を恐怖でぞっとさせるようなところがあると同時に、同情を起こさせるようなところがあったのです。 |
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そのうち、私はバートルビーが全然外へ食事に出かけないということを知りました。全くどこへも行かないのです。毎朝11時に、従業員の一人が、バートルビーのところへしょうが入りのケーキを持ってきてやるのです。「ははあ一ん、彼はしょうが入りのケーキを食って生きてるんだな」私は考えました。「かわいそうに!彼はよく働くし、何事においても私に対して逆らうような人間ではないはずだ。ときたま少々ばかげていることもあるが、私にとってはよく間に合う男だ」
「バートルビー」ある日の午後、私は言いました。「郵便局へ行って、私の郵便物を取ってきておくれ」
「気がすすまないんです」
あまりのショックに、私はどう考えていいものやらわからなくなり、私の事務室へ歩いてもどりました。さてと…当面の問題というのはこういうことなんだな…私のところの従業員の一人で、バートルビーという男が、私の言うとおりに仕事をしないことがある、ということだ。彼は目分の仕事も十分調べることもしないし、ちょっとした用事を頼まれても、それをしようとはしないだろう。しかし、彼のことで一つ重要なことは、彼はいつも自分の事務室にいるということだ。 |
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E07 |
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ある日曜日、私は仕事をしようと思って、事務所へ行きました。ドアにキーを差し込んだのですが、ドアが開きません。私はちょっぴり意外に思って立っていたのですが、やがて中にだれかいるのかもしれないと思って、呼んでみました。中にいたのはなんとバートルビーでした。彼は自分の事務室から出てきましたが、私を中へ入れたくないと言うのです。バートルビーが、私の法律事務所に住んでいる。私はこう考えただけでも妙な気持ちになって、怒鳴られた犬がしっぽを巻いて立ち去るように、その場からすごすごと立ち去りました。 |
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一体何が不都合だというのだろう。バートルビーが私の事務所に女性をかくまっているなどとは、私は片時も疑ってもみませんでした。しかし、ここしばらくの間彼がそこで食事をし、着替えをし、寝ていたことは確かなのです。バートルビーはどんなに孤独で寂しかったことでしょう。私は、彼の力になってやろうと決心しました。私は翌朝彼を私の事務室に呼びました。
「バートルビー、どんなことからでもいいから、きみのことを聞かせてくれないかね」
「気がすすまないんです」
私は彼と一緒に座って、言いました。「何も、きみの過去について話してくれと言ってるんじゃないんだよ。ただ、その書類を書き上げたら…」
「私はもう書くのはやめることにしたのです」彼はこう言って私の事務室を出ました。 |
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E09 |
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私はどうすればいいのだろう。バートルビーは全然働こうとしないのです。だとすれば、今の仕事につけておくことはないではないか。私は解雇を言い渡すことにしました。私は彼に、6日以内に事務所を立ち退くことを求め、報酬のほかにもいくらかの金を支払ってやろうと言いました。働く意志がないのなら、出て行くのは当然の義務です。6日目になって、私はかすかな望みを抱いて、バートルビーが使っていた部屋をのぞきました。彼はまだそこにいたのです。その翌朝、私は早く事務所へ行きました。しんと静まり返っていました。私はドアを開けようとしましたが、ドアはロックされていました。中からバートルビーの声が聞こえてきました。私は稲妻に打たれたように立ちすくみました。私は通りを歩きながらこう考えました。「そうだな、バートルビー。きみがどうしても立ち退かないというのなら、ぼくのほうできみを置き去りにしよう」 |
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私は何人かの男たちに金をやって、事務所の家具を、一つ残らず別の場所へ移させました。バートルビーは男たちが自分のいすを運び出す時も、何もせずただじっとそこに突っ立っていました。
「さようなら、バートルビー。じゃ、ぼくは行くからね。さようなら、神さまのご加護がありますように。さあ、この金を取っておきなさい」
私はこう言って、金を彼の両手に持たせましたが、金は床の上に落ちました。やがて、こう言うと不思議に聞こえるかもしれませんが、私は出ていってほしいと思っていた男を置き去りにするのがつらくなったのです。 |
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E11 |
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数日後、知らない人が新しい事務所へ私をたずねて来ました。
「あなたは、前の事務所に置き去りにした男に対して責任があるんですよ」彼は言いました。
「私は事務所の建物の所有者から、『あなたがあの男を立ち退かせる義務がある』という、裁判所からの命令書を渡されたのです。私たちも彼を立ち退かせようとしたんですが、彼はもどってきては、ほかの人たちに迷惑をかけるんですよ」
私が前の事務所へ行ってみると、バートルビーは何もない床の上に座っているのです。
「バートルビー2つのどちらかにしてもらわなくてはならないんだ。私がきみに別の仕事を見つけてあげてもいいし、きみのほうから進んでほかの弁護士のところへ働きに行くか、このどちらかなんだよ」彼はどちらもいやだと言うのです。
「バートルビー、ぼくと一緒に家へおいでよ。そうして身の振り方が決まるまでは、家にいればいいんだから」
彼は静かに答えました。「いいえ、ぼくは今のままがいいんです」
私はもうそれ以上、何も言いませんでした。私はその場から逃げ出しました。町中を乗り回して、旧跡そのほかなんでも、バートルビーのことを忘れようとして、あらゆるところを見て回ったのです。 |
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その後、私の事務所に入ると、私あての伝言が届いていました。バートルビーは刑務所に入れられたというのです。私が刑務所へ行ってみると、彼はそこにいるのです。彼は私に会うと、こう言いました。「あなたのお気持ちはよくわかっています。あなたに申し上げることは何もございません」
「でも、ぼくがきみをここへ入れたわけじゃないんだよ、バートルビー」私はひどく傷つけられた思いでこう言いました。私は彼のためにおいしいディナーを買ってやってくれといって、看守にお金を渡したことも彼に伝えました。
「きょうは何も食べたくありません」彼は言いました。「私はディナーなんか食べないのです」
何日かたって、私はもう一度バートルビーに会いに行きました。私は、彼は刑務所の外庭で寝ていると聞かされました。果たして眠っているのだろうか。やせ衰えたバートルビーが、冷たい石の上で横になっていました。私はかがんで、ひざを抱えて横向きに寝ている、あの小さな男を見ました。さらに歩み寄って、彼を見下ろしました。彼の目は開いていました。ぐっすり眠っているように見えるのです。
「きょうも食べないのかな。それとも食べなくても生きていられるのかな」看守はたずねました。
「食べなくても生きていられるんですよ」私はこう答えると、彼の目を閉じてやりました。
「ははあー、眠ってるんだね」看守は言いました。
「王侯貴族や弁護士たちと一緒にね」と私は答えました。 |
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彼の死後幾日かたって、あるちょっとした話が私のところに伝わってきました。私が知ったのは、彼が長年郵便局に勤めていたということです。彼は特殊な部署についていて、そこでは受取人に届かなかった国中の手紙を開封するのです。そこは受取人不明書簡局と呼ばれていました。そこへくる手紙ははっきりと書いてないので、郵便配達人は住所が読み取れないのです。 |
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かわいそうにバートルビーは、だれかの名前がはっきりと書いてあって、その人のところへ届けられる手紙がないかどうか、これらの手紙を読み取ることが仕事だったのです。考えてもごらんなさい。ある手紙からは結婚指輪が出てきて、それをはめてもらうために買ったのに、それをはめるはずだった指は墓場の中でもう朽ちはてているかもしれない、といったことがあるかと思うと、またある手紙にはお金が入っているが、そのお金で助けてもらうはずだった人は、もうとっくの昔に死んでしまっているといったものがある、といった具合だったのです。それらは、希望を失って死んでいった人たちへの望みがこめられた手紙なのです。かわいそうなバートルビー!彼自身もすべての望みを失ってしまったのです。彼の仕事が彼の内部の何かを殺してしまったのです。ああ、バートルビーよ!ああ、人問性よ! |
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E15 |
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『バートルビー』というアメリカの短編小説をお送りしました。原作者はハーマン・メルビルです。レット・ターナーが特別英語でお送りしました。
「アメリカの声」では来週もこの時問に、次のアメリカの短編小説をお送りします。どうぞ、お聞きください。 |
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日本語訳 Tsuneo Kimura
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